そういうわけで、たった今を持ちましてアニメ版ハチミツとクローバーが終わりました。
羽美野チカ先生、おつかれさまでした。
(先週くらいに、単行本で最終回を見ましたが。)
さて、ハチミツとクローバーが売れたのは、おそらく誰もが経験しているようで、していない。でも、すごく懐かしく感じる上に、大人になると廃れた恋愛感情というものを思い出させてくれることにあるのでないでしょうか。
私は中学生・高校生の頃は、その頃が永遠に感じていて、でも、いつかは変わりたいと思っていました。おかげで、漫画やアニメ、ゲームにどっぷりはまっていたわけですが。
(全寮制だし、異性もいないし)
夢野久作どんですね。意味は調べてください。
ところが、生活が一変したのは大学に入ってから。
ハチミツとクローバーが気に入っている点は、一番最初に竹元君がはぐちゃんに「一目惚れ」するところでしょうか。
まるで、私と一緒なんですよね。
唯一違うのは、その一目惚れの相手とは、2年後に付き合うことになり(色々ありましたが)、今でも付き合っていることです。
それ以外でも、大学のサークルの友達・先輩・後輩、バイトの友達とかと、すごく楽しい4年間をすごさせていただきました。
でも、大学を卒業するときに、悲しいと思ったことはありません。
なぜなら、永遠だと思っていた中学・高校時代で、「永遠なんてものはない」と実感できたからです。(中学・高校一貫の学校だったので、6年間同じところにいました)
楽しい時間がなくなるのは、かなしいことではありますが、それが「最後」になるわけではないと思います。先日も熊本に赴いて、当時の先輩やら後輩やらを集めてくれた腐れ縁の友達(人生の半分を過ごしていますね)がいたおかげと、偶然で、10人くらい集まったし。
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さて、何が言いたいのかといいますと
社会人は、夢がありません。ぃゃ、夢をみることが許されません。
「そんなことはない」という人がいるかと思いますが、それもその通りだったりします。
では、なぜ私は「夢がない」というのでしょう?
私の考えでは、社会人の夢=計画から入念に練りこみ実現に至るまでの過程に、より具体性を持たせているからだと思います。
青臭い夢には、「計画」とか「具体性」がないからです。
おぼえているでしょうか
小さい頃に、「飛行機のパイロットになりたい」とか「保母さんになりたい」とか「ゲームのイラストレータになりたい」とか「プロ野球選手になりたい」とか・・・
そういうときに、「具体性」など(本人が)持っているわけがありません。
(稀にいるけど、そういう人は本当に成功する。)
そんな私は
後輩を指導する立場であり、まだまだ下っ端という立場でもあり、様々なことを常に考えています。(家にいるときは考えないように、ゲームもしくは漫画に熱中する)
ハチミツとクローバーを見ていて、そんな自分が嫌いになっていきます。
でも、そんなことではくじけず
私もああなりたいと思っているので、結局「そうなるためには、具体的にどうすればよいか」なんて考えてしまう、社会人になった悲しいサガが出てくるのでした。
やっぱり楽しい方がいいもんね。
なんか、gdgdかいちゃいましたが
ブログってこんなもんだよね?
